大達原の手掘り隧道(大達原トンネル) [Z900RSと300km超]
天然手堀のトンネル。
停められそうな場所へ。
近くの神社へお参り。
この神社でお参りすると手掘りの隧道
まで案内してくれる犬が現れると言う
話もあったけど会えず・・・・
隧道へ。
江戸時代の高札場。
字が読めない・・・・・・・
強石方面へ。
途中の分岐。ここも強石方面へ。
最初の道しるべから歩くこと4分
大達原の手掘り隧道(大達原トンネル)に到着。
す、すげぇ〜。
まさに手付かずの手掘りの隧道。
手掘りの隧道(旧案内板から):
昔はもっと上の方に道があり、「左三峯道」
という道しるべ石もある。
このトンネルの掘られたのは恐らく明治中期
以後と思われ、監督は浜平の山中幸四郎(昭和
十一年七十七才没)で、何寸掘れば何銭と日当
を払ったらくし、どこから入ったかわからない
荒れくれ人夫を使うのに苦労したと伝えられる。
幅員三米四十五、高さ四米八十、長さ四十米五十。
大正末年現在の国道一四◯号線開さくまで、
三峯参詣の街道としても重要な役割を果たした。
来た道を引き返すっ。
三峯参詣の人も同じ景色を見たのかも。
昔の人でも、時間と人夫があれば、もしかしたら
(国道140号線)雁坂トンネルも手掘りしていたかも。
と思いつつ見学完了。
停められそうな場所へ。
近くの神社へお参り。
この神社でお参りすると手掘りの隧道
まで案内してくれる犬が現れると言う
話もあったけど会えず・・・・
隧道へ。
江戸時代の高札場。
字が読めない・・・・・・・
強石方面へ。
途中の分岐。ここも強石方面へ。
最初の道しるべから歩くこと4分
大達原の手掘り隧道(大達原トンネル)に到着。
す、すげぇ〜。
まさに手付かずの手掘りの隧道。
手掘りの隧道(旧案内板から):
昔はもっと上の方に道があり、「左三峯道」
という道しるべ石もある。
このトンネルの掘られたのは恐らく明治中期
以後と思われ、監督は浜平の山中幸四郎(昭和
十一年七十七才没)で、何寸掘れば何銭と日当
を払ったらくし、どこから入ったかわからない
荒れくれ人夫を使うのに苦労したと伝えられる。
幅員三米四十五、高さ四米八十、長さ四十米五十。
大正末年現在の国道一四◯号線開さくまで、
三峯参詣の街道としても重要な役割を果たした。
来た道を引き返すっ。
三峯参詣の人も同じ景色を見たのかも。
昔の人でも、時間と人夫があれば、もしかしたら
(国道140号線)雁坂トンネルも手掘りしていたかも。
と思いつつ見学完了。