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角島大橋 [Z900RSと1000km超]

ついに念願の角島大橋へ。

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駐車場へ。

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角島大橋ー!!!!!
・・・・そう、こちらは角島側。
有名な本州側ではない。

駐車場大混雑だったので角島側へ行ったと言う。

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角島大橋:
角島は豊北町の北西約一.五キロメートルの海上にある島で
本土との間は定期船で結ばれていたが荒天の時は度々欠航し
島の産業・文化・教育・医療等で難渋する面が多々あった。
そこで角島北区の将来を展望し地区の発展を図るためには、
離島という疎外要因を解消することが急務であると考え、地
区民集会の回を重ね架橋による功罪を論じ合った結果、地区
の将来発展は架橋以外になく、これにより全ての難問も解決
するという強い住民意志で角島大橋建設促進運動を協力に推
進することに決し、角島大橋建設期成同盟を発足させ町当局
に角島大橋建設に関する請願書を提出した。
このような強い地区住民の要望と熱意により角島大橋架橋工
事が進められてきた。
この石碑は角島大橋開通にあたり、非願成就の喜びを後世に
残すべく地区民一同が建立した。

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橋の展望台の所にはこんな碑も。

平城宮着海藻上進之地:
一九六三年秋、奈良市平城宮跡の天皇の住居の内裏の
東北方の発掘で、一辺四メートル深さ二.三メートル
の土壌からたくさんの土器などと共に一八四三点の木
簡を檢出した。その中の一つに長門国角島から都に送
られた「わかめ」につけた木札(縦二七三ミリ、横三六
ミリ、厚さ七ミリ)の送状が含まれていた。それには天
平十八年(七四六)三月二十九日と日付が書かれている。
これはその当時豊浦郡の郡家(都の役所)にいた人がそれ
ぞれの荷札を書いたもので、いまから千二百年以上も
前に聖武天皇以下宮廷の人たちが角島の海土ヶ瀬戸の
わかめがおいしいことを知っていて毎年島に住む人々
から税金として差出されていたことがわかる。


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橋を一通り見て、角島観光へ・・・・・・
観光終了後

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なんじゃこりゃ。大渋滞。
まさか、ゆっくり橋を渡ることになるとは。

折角ここまで来たのに。やっぱり
本州側からの景色もみたい。
でも、本州側の駐車場は大混雑。そこで

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駐車場上の道へ。

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うおおおおおおおおおお。これ、この景色。

GWで橋の上に車が連なっているけど
(バイク)免許取得してからの念願叶ったり。
と思いつつ見学完了。
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